日吉神社(秋田・新屋)



近江日吉大社の別宮と称された古社

日吉神社 (ひよしじんじゃ)





《神紋》
神紋

三つ巴紋と呼ばれる、よく見る神紋です。


《基本データ》

鎮座地:秋田県秋田市新屋日吉町10-67

御祭神:大山咋大神(おおやまくいのおおかみ)・積羽八重事代主大神(つみはやえことしろぬしのおおかみ)
     大物主大神(おおものぬしのおおかみ)・崇徳天皇(すとくてんのう)
     大穴遲大神(おおなむちおおかみ)[大国主命]・少彦名命(すくなひこなのみこと)
     宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・大宮乃売命(おおみやのめのみこと)
     三吉大神(みよしのおおかみ)
     底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)
     建御名方大神(たけみなかたのおおかみ)・八坂刀女命(やさかとめのみこと)
     息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)[神功皇后]
     猿田彦命(さるたひこのみこと)・天満天神(てんまんてんじん)

創 建:大同元年(806年)

旧社格:県社

例祭日:5月26日

御神徳:生業発展・心身堅固。

境内社:松尾神社・稲荷神社・三吉神社

由 緒

 古伝によれば、大同元年勝平山麓に鎮座したといわれる。(由利維平奉納の朱仏丸という鏡に大同元年創立の裏書があったと伝へられる。)
 その後、天長7年の大地震の為、川の流れが大きく変わり、新屋南方およそ五町の地、字田中屋敷に移転。

 更に永治元年(1141年)現在の地に遷座したという。

 古くより坂本(近江国坂本)の日吉大社の別社とも称し、代々領主の尊崇篤く、世々社殿の新改築に多額な社領の寄進を受けている。

 平安末期この地方を所領していた橘公業と、後、源頼朝に従った由利維平が、当社を篤く敬い、七千刈の社領寄進を受けたという。

 橘氏に代わってこの地を所領した、赤尾津氏からも同様の扱いを受けたが、後、最上氏によって一時社領を没収される。

 しかし小野筑後守金助の陳情によって最上氏より社領二千刈、続いて本多上野介よりも二千刈、また佐竹氏からも崇敬を受ける。

 明治に入り、明治5年郷社、次いで12年県社に列せられる。

 明治28年火災によって本、拝殿を焼失した。

 大正6年、本殿を新築、昭和15年幣殿を改築した。

(秋田県神社庁 「日吉神社」のページより)



 日吉神社は、山王社といわれ、大同元年(西暦八〇六年)由利郡勝平山の麓(新屋町は古く「ももさだ」と呼ばれ、もと由利郡に属し、のちに河辺郡、さらに昭和一六年に秋田市に合併した)に鎮座したと伝えられる。

その後新屋町の東南方凡そ五町の地――字田中屋敷(現一本木跡地)に移り、永治元年(一一四一)現在の地に遷座したと言われる。

 その御神体は、江州(ごうしゅう)(近江国―滋賀県)大津の坂本にある旧官幣大社日吉大社の御神体を作った余材であり千載の遺物であると伝えられる。

よって古くより近江坂本の別宮と称していた。

 その昔平泉の奥州藤原氏の郎党で、のち源頼朝に仕えた由利維平(ゆりこれひら)がこの地を所領した時七千刈の社領を寄進したという。

その後赤穂津光善(あこうずみつよし)が由利郡を領有したが、同様に七千刈を受けた。

 慶長の末(一六一五頃)になって赤尾津氏が滅び最上義光(もがみよしあき)が領有するようになって社領はことごとく没収され、社頭もさびれた。これを憂いた赤穂津しの遺臣小野金助守就(おのきんすけもりなり)は、楯岡豊前守満茂(たておかぶぜんのかみみつしげ)に陳情し、社殿の修復を許されたうえに二千刈の寄進を受けた。

元和八年(一六二二)領地引き換えにより佐竹氏の領地となってからは、稟米(ひんまい)三石五斗を受けている。

寛文九年(一六六九)に社殿が造営されたのを始め、歴代の領主により社殿が建立されている。

 明治維新後は社領が廃止されたが、古来代々領主の崇敬厚き故をもって明治五年郷社に列せられ、明治一二年一〇月二〇日県社に昇格した。

明治二八年三月一日社殿から出火。

御神体、朱佛丸(しゅぶつまる)(由利維平奉納の神鏡)、社殿悉く焼失した。

直ちに仮殿を新築し、明治三三年官祭招魂社の絵馬堂を購求し、大正六年になって漸く本殿が新築になり、昭和一五年幣殿が増築された。

(「日吉神社参拝のしおり」より)










今回ご紹介するのは、秋田市新屋(あらや)に鎮座する「日吉神社」です(^o^)

新屋地区は秋田市の南西部に位置していて、付近には大森山動物園もあるなど、緑豊かな地域になっています。


神社前の道路を通るとき、立派な神社があるなぁとは思っていたのですが、

参拝するまで近江の日吉大社とのつながりなどのご由緒は全く知りませんでした。

明治28年の火災でその御神体などが焼失してしまったのはとても残念です。


 《参考写真》

1月末に参拝したので、結構雪が舞っていました(笑)

ときどき吹雪になるような日でした...

あと、今回から(続くかは...?)画像にフィルターをかけ、色の修正をしています!

どうもそのままだと暗い印象になってしまうみたいなので、たっぷり使ってあります(笑)


社号標
社号標

独特な書体で「日吉神社」と書いてあります。


一之鳥居
一之鳥居

社号標からは少し奥まったところにあります。

この形は「山王鳥居」ですね。

フォロワーの方に教えて頂きました(^^ゞ

神仏習合の名残で、合掌している姿を表しているそうです。


二之鳥居
二之鳥居

こちらはよく見る形の鳥居ですね~。

ここを超えると石段になります。


三之鳥居

撮ったと思ったら抜けていました!!

二之鳥居の奥に少し写っていますが、こちらも「山王鳥居」でした。

これをくぐるといよいよ拝殿が見えてきます!


由緒板
由緒板1

由緒板2



手水舎
手水舎1

手水舎2

三之鳥居をくぐって右側に手水舎があります。

龍の口から勢い良く水が出ていました。

しっかり作法も書いてありますね。

ちなみに、柄杓が凍って竹に張り付いていました(゚д゚)

よっぽど寒かったのですね~


拝殿
拝殿

立派な拝殿です。しばらく圧倒されました。

中から龍笛の音が聞こえ、ゆっくりお参りさせていただきました。


拝殿を右に曲がると社務所、左に曲がると境内社があります。


境内社〈1〉「松尾神社」
松尾神社

案内板に「京都の松尾大社から勧請された」とあります。

御神徳は、酒造守護・酒精守護

例祭は8月20日


神楽堂
神楽堂

あまり見たことがないので、規模の大きい小さいはわからないのですが、彫刻はきれいでした。


境内社〈2〉稲荷神社
稲荷神社

商売繁盛などの神様ですね~

境内社〈3〉三吉神社
三吉神社

力の神様です。勝負事にもご利益が。


最後に御朱印です。
日吉神社御朱印

拝殿右側、社務所でいただけます。

流れるような文字の美しさ。

余談ですが、紫色の袴の神職さんに書いていただきました。



《アクセス》


◎JR新屋駅より徒歩約10分

 ※駐車場あります(正面右側の小路に入るとあります)


《リンク》

日吉神社公式ホームページ
 http://hiyoshi-jinja.jp/

秋田県神社庁 日吉神社のページ
 http://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/tatsujin_etc/kennsaku/akita/109_hiyoshi_araya.html






6月に行われる「鹿嶋祭」は見応えがあると思います!

交通の便も良いとことにありますので、秋田に来た時はぜひ寄ってみてください!

今回もお読みいただき、ありがとうございました!
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